玉置神社と、都市の静域

この7月、熊野の玉置神社と玉置川集落に行ってきました。

玉置川は、玉置神社のある集落でもあり、
両親が眠る墓と、父の生家があるところです。

玉置神社は、崇神天皇の時代に創建されたと伝わる古社。

私にとっては、毎夏、父の生家に帰るたびに、
幼いころから連れていかれた神社でした。

玉置川集落からは、山道を登って1時間半くらいだったか、2時間だったか。
子どものころの記憶なので曖昧ですが。

玉置神社の第一の鳥居は、
もともと玉置川のはずれにあったと言われています。

玉置川集落から神社へ向かう参詣道もありました。

小さかった私は、
なんとかして神社に行くのをさぼろうとしていました(笑)

そんな両親との思い出がある神社に、
今年も親戚が声をかけてくれて、行くことができました。

玉置神社は、今では
「呼ばれないと行けない神社」とネットで言われるようになり、
参詣する方も増え、駐車場が満車になることもあります。

けれど、玉置神社そのものは、昔のまま変わっていません。

相変わらず伺うのは難しく大変で、
そして、変わらない空気のまま。

巨大な杉。
ひんやりとした空気。
もやのかかる山並み。

はるばる来た、という思いが、
背筋をすっと伸ばしてくれます。

玉置神社は、王城火防鎮護と悪魔退散のため、
早玉神を奉祀したことに始まると伝えられています。

ご祭神は、まるでオールキャストがそろい踏みしているよう。

伏見稲荷につながる神様もいて、
愛宕神社につながる神様もいて、
伊勢神宮につながる神様もいて。

なぜ、これほど多くの神々がここに祀られているのか。

そこにも、不思議なものを感じます。

玉置神社は遠い。

その遠さが、現代の空気から守り、
大切なことを伝えている。

決して、声高ではなく。

今回の旅を通して感じたのは、
玉置神社は、地下水脈のような場所なのかもしれない、ということでした。

見える形では、水脈は見えない。

けれど、源流をたどっていくと、
玉置神社にもつながっていく。

それに気づいた方々が、
玉置神社を訪れている。

そんな気がしました。

そして、それぞれの水脈が地上に現れたところに、
それぞれの祈りが花開き、
国中へと広がっていく。

そんなふうにも感じました。

HIDEMIは、都市の静域。

目には見えなくても、
静かに流れているものがある。

たどり着いた方が、
「あ、ここ……」と思えるような。

声高には言わないけれど、
気づこうとする人には届く。

そんな空間でありたいと思っています。

HIDEMIという場所をつくるとき、
私の中には、こうした熊野の記憶も
静かに流れていたのかもしれません。

そんなことを感じた旅でした。